1980年代の著書

1978年のミュンヘン留学を境にして、文芸畑を離れ、美術史という学問に集中することになった。
ドイツにおける1年は、学問の深さをさらに学ぶ時期となり、80年代は研究に集中することが出来た。 500年に一度と言われたミケランジェロのシスティナ礼拝堂天井画の大修復があり、文部省の海外調査費用を得て、調査団の責任者となり、85年から毎年、ヴァチカンでの調査に赴くことになった。
一方で西洋美術の東洋からの影響問題に関心をもち、ルネッサンスを「ネッサンス」である、と考察するようになった。 つまりギリシャの再生ではなく、あらたな西欧の誕生の時期であったということである。


  1. 『ル・ネサンス像の転換 理性と狂気が融合するとき』

    『ル・ネサンス像の転換 理性と狂気が融合するとき』

    講談社 1981年(昭和56年)317頁、図版97(付英文レジュメ)

    筆者はブルクハルト以来の「ルネサンス」という概念の検討を行い、これが古代ギリシャ・ローマと近代西洋を結ぶ結節点として、西洋中心主義のイデオロギーを担うものであることを指摘したうえで、果たして「ルネサンス」文化が「古代」の再生か、という疑問に答える。 まずゲルマン民族の大移動やイスラム文化によって断絶しており、13・14世紀のモンゴルの西征による東洋の存在に刺激を受けた結果が「ルネサンス」であり、それは新しいキリスト教文化、ルネサンスであると結論する。 これは西洋歴史観の批判として評価されている。

  2. 『画家と自画像 描かれた西洋の精神』

    『画家と自画像 描かれた西洋の精神』

    日本経済新聞社 1983年(昭和58年)210頁、図版130
    講談社学術文庫版 2003年(平成15年)260頁

    西洋美術史における自画像の歴史をとらえ、そこに西洋に思想史の変化を論述したもの。 15世紀イタリアの画家自身が職人から芸術家への意識の変遷の中から、芸術家自身の創造主としての自意識が生まれた時代から現代までの変化をとらえている。 とくにレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、デューラーそしてレンブラントなどの巨匠からゴヤ、ピカソなどの近・現代の大画家がどのように自己を描いたか具体的に論じ、メランコリーから無関心への人間観を指摘している。

  3. 『ミケランジェロ』(世界の大画家8)

    『ミケランジェロ』(世界の大画家8)

    中央公論社 1983年(昭和58年)98頁

    ミケランジェロの絵画作品のみを論じたもので、そのカタログの記述を行っている。 弟子の作品と区別し、巨匠の参加の度合いも指摘している。 とくにシスティナ礼拝堂天井画の記述では、これが創世記の図解だけでなく、四裸体像のように当時の宇宙観の反映があり、それだけではなく全画面・全人物像に渡って四大元素などを中心にした擬人像として描かれていることを述べている。 さらに『最後の審判』『聖パオロの殉教』『聖ペテロの磔刑』などのあらたな解釈を行っている。

  4. 『フォルモロジー研究 ミケランジェロとデューラー』

    美術出版社 1984年(昭和59年)372頁、図版232(付英文・独文・伊文レジュメ)

    これまでの両巨匠の個別研究の集大成で、七編の論文と「フォルモロジー」という著者の新しい美術の分析方法を示した序文をつけ加えている。 これは(1)形象の取出し(2)比較(3)解釈(4)作家(5)歴史の5段階で美術作品と分析していくもので、これを各論文で適合させている。 とくに作家固有の図像学に注目し、これまでと異なった分析を示しており、それがミケランジェロとデューラーの作品に応用されてこれらの美術の新たな解釈となっている。

  5. 『光は東方より 西洋美術に与えた中国・日本の影響』

    『光は東方より 西洋美術に与えた中国・日本の影響』

    河出書房新社 1986年(昭和61年)310頁、図版227(付英文レジュメ)

    本書は3部に分かれ、第1部はジョットの時代(イタリア14世紀)のモンゴルを通じて東洋の影響をパスパ文字模様や容貌表現から指摘し、第2部ではシノワズリーの影響を17世紀のオランダ・フランス美術から、第3部ではジャポニスムの問題をフランス印象派を中心として論じている。 この書によって新たな視野が開かれ、西洋で引用されたり、NHK『大モンゴル』などの番組の骨格が作られたりしている。

  6. 『ルーヴル美術館3 ルーヴルとパリの美術』 吉川逸治・佐々木英也との共著(15・16世紀イタリア美術担当)

    『ルーヴル美術館3 ルーヴルとパリの美術』 

    小学館 1985年(昭和60年)575頁

    筆者は15・16世紀のイタリア美術史を担当し、およそ300枚の原稿を書いている。 ルーヴル美術館の作品は解説の形で行っているが、本文では15世紀イタリア美術史の流れを自然主義と唯美主義に区別し、またマニエリスムの時代もそれとメランコリスムと区別し、新しい区分を行い、新たな提起を行っている。

  7. 『イタリア美術史 東洋から見た西洋美術の中心』

    『イタリア美術史 東洋から見た西洋美術の中心』

    岩崎美術社 1990年(平成2年)640頁 図版550

    日本人学者が書いた初めてのイタリア美術史の書。 14世紀絵画の東洋の影響をはじめ、16世紀の「巨匠の誕生」では筆者のこれまでのレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの研究の集大成を行い、さらにこれまでの「マニエリスム」の名でくくられてきた画家を「メランコリスム」と区別したり、社会の変化とともに17世紀以後の美術を論じ、20世紀のその衰退まで、その流れを明快に追っている。